幸喜幸齢 生きがい日記
2025.5.10 17/25℃ 雲晴
一度限りの人生

ボクは団塊の世代の少し前、終戦間際に生れた戦中派。つまり広島・長崎に原爆が落とされ、多くの若者が戦地に散り、1億人以上の全国民が悲惨な体験の真っ最中に、信州・安曇野の田舎で生まれた。灯火制限のある真っ暗な中でも、時々米軍の戦略爆撃機から兵士の遊びのごとく山奥にも爆弾が落とされていた頃に生れたのだ。

その後、あの無条件降伏をして終戦となり、今年で80年となり同じ齢になるが、大阪に引っ越してきた頃はまだ大阪駅周辺では傷痍軍人や母子、乞食らが物乞いをしていた時代。バラックや掘っ立て小屋のような住宅が無造作に建っていた光景を知る。住んだ下町にも軍事工場があったらしく無残な光景が広がっていた事を記憶する。

バブル景気を経て日本経済は上向きとなり、その恩恵も受けてきた。だがあっという間にバブル崩壊、不況となり栄枯盛衰、いろんな悲哀が生まれた。 諸々のしがらみや社会問題のはびこる中で懸命に働き、生活を維持してきた。紆余曲折の人生だったが、いつしかあっという間に人生の黄昏期となってしまった。

行政は無責任にも75歳を基点に物資でも区分けるかのように、前期高齢者と後期高齢者とに分類したが、失礼な話だと憤慨した。ボクはその75歳になる前に、もう後期となれば、これで人生はもうないのか? 終わりなのかと焦った。そしてこの延長であと何年もしない内にこの世を去るのかとああ無情を実感した。

振り返れば結婚して子供達、孫たちも一人前に育ち自立した。夫婦二人の生活はいつしか主導権は100%妻となり、事ある毎に爺は疎外されて家に居場所がない。財産管理も財布の紐もしっかりと握られ、食事はいつしか3食自炊、家におれば粗大ゴミで追い出され、夢も希望もなくしてただ惰性の毎日が過ぎていく。そろそろ人生も終りか。

でもある日、ふっと別の自分が囁いた。お前はそれでいいのか? あの生き生きと人生を謳歌していたお前はどこへいったのだ。萎びた菜っ葉、濡れ落ち葉、腐りかけのバナナ、覇気も元気もなく全て後ろ向き、そんな自分を省みることはないのか? そう言われてもどうしたらいいのか? お前は若い頃、夢ノートを書いていたな? 夢ノート?

そうか 若い頃、夢と希望にあふれていた頃、次々とノートが埋まる位にやりたい事をいっぱい「夢ノート」に書き綴ってきた。それから思い出すがままに再現して書き出してみたが、現実は歳と共に条件が違いすぎて大半はボツ! でも考えてみればあの若い頃の方が条件はもっと厳しかったはずなのに夢に溢れていた。 なぜ? なぜ?

紆余曲折を経て1年後、ボクは一人身となった。なにもいらない、家も預貯金も不動産など資産も全て希望通りでいい。ただ人様に迷惑をかけない為に、自分の年金と少しの現金。後はただ一つ自由だけあればいい。そう決断して一人何も持たずに家をでたのが74歳の時。緑の多いUR賃貸団地に部屋を借り、狭いがやっと自分の居場所を得た。

75歳の誕生日に、自分がサラリーマンから独立して起業し、30年経営してきた会社の旧本社ビル前から第一歩を踏み出し、大坂城を経て京街道、東海道53次と江戸城まで歴史街道を歩き、千葉の孫夫婦に誕生した二人目の「ひ孫訪ねて100万歩」を、延べ38日間かけて歩き通した。ひ孫を抱いた時の達成感は忘れられない。それを自分の自信としてその後、結局延べ161日間、4160㎞、602万歩を歩いて日本縦断歩き旅を果たした。

一昨年はJR青春切符を利用して25日間の日本一周ローカル列車の旅を敢行した。そしてこの歩き旅と列車旅の本を出版し現在Amazonで販売中(PR)その前の75歳の時には、それまで家に居場所がなく、近くの森の中で終日過ごした体験をつづったエッセィと創作物語を出版したが、いずれもこれら4冊はAmazonで現在も取り扱っている。

更にこの5年間で自然大学校に2年間学び、その後の3年間は関連講座に学ぶ。また文学学校に入学、今年4年間の学びを終えた。川柳クラブ、大学講座、絵画、最近はボランティア活動も始めた。世界旅行は仕事で飛び回ってきたのでもういいが、機会があれば船で世界一周をしてみたい(一度申し込んだがコロナ禍で中止)又 次の出版も取材中

振り返ればこの僅かこの5年間で、人生のそれまでの夢や希望の多くを現実に即して実現できたことは、大きな達成感。今突然に人生の終わりとなったとしても全く後悔はない というのも自分のそれまでのネガティブな生活から一転、自分の心は自分の切り替えで明るく元気にいつでもポジティブライフに出来ることを自然界から学んだ。

先月僕は足腰の狭窄症の手術をしたが、その前に足の骨折でも入院。また人間ドックで指摘された項目をかかりつけ医が次々と紹介状を書き、総合病院の各科を受診、検査を受けてきた。歳と共に体のメンテナンスも必要な時期。でもボクの次の夢はアメリカ在住の長男と共にホノルルマラソンを走る事。100までまだ20年あるからね。

思えば一度きりの人生。ボクは特に歩き旅やローカル列車旅で多くのシニア世代の方々と話してきたが、同世代の皆さんがもう人生をこれでいい、今更仕方ないよ と、現状で全てを諦めている方々を多くみてきた。人が死ぬ時に最も後悔することは、もっとあの時にあれを、これをやっておけばよかったという 諦めた事の悔い だそうです。

*写真は全て千里南公園の今日の散歩道から
今日はここまでとします。長々と失礼しました。
頑爺 Ganjii