幸喜幸齢 生きがい日記

人生の黄金期を自分らしく あるがままに生きる幸喜幸齢者 感謝と幸せの生きがい日記 頑爺 / 肇&K

(1)絵を始めるきっかけ・・・

(1)絵を始めるきっかけ  

(60才・初冬)

いよいよ還暦の日を迎えた。嬉しいような哀しいような複雑な思いで、子供らから贈られた赤い服を着る。さてこれからの隠居生活をどうして過ごしていこうか~?

(60才・春)

 あっという間に桜が散り、春が過ぎ去った・・・

(60才・初夏)

 ある日、近くの山へでかけ、森の中を散策し季節を楽しんでいた。すると山道の所々でキャンバスを立て、絵を描いている人たちがいた。皆さんシニアの同年代の方々ばかりだが、後ろから見せていただくとスケッチ中の方、下絵の方、塗り始めた方、完成近い方などさまざまだが楽しそうだ・・・森の風景とマッチして、そのまま絵になっている・・・少し羨ましいような穏やかな光景だ。 一人の方にお話を聞くと、この先で先生が描いておられるからと言う・・・その先生が時々巡回して指導し、各々のレベルで習っているとの事。

 少し登って行くと一人の中年の男性がおられたが、一見して先生と分かる上手な筆さばきと、その絵の出来栄えにすっかり魅了され感動してしまった。お話をお聞きすると、自分は日本人だがもうすぐ住いのあるニュージーランドへ帰国するので、その間だけ希望者に無料で教えているとの事。「一度やってみたらどうでか・・・?」「私が? まさか!」そんな事、一度も考えたことが無かったので一笑に付したものの、その先生の絵には引き付けられるものがあり共感を覚えた。そして再度薦められるまま・・・散策の帰路では 自分でも描けるかな? 描いてみようかな? そんな不思議な気持ちになっていた。

 <* 絵のトラウマ?>

ところがそれからアレコレと考えるうちに嫌なことが思い出されて行動に移せないでいた。と 言うのも、ボクには絵心も 絵の感性も皆無で、人並み以下の絵画音痴と自認してきたからだ。描いたのも小学校の図画の時間だけ・・・しかもその時のトラウマが今も残っていて、どうしても絵を習うことに躊躇しだした。

思い出すのはもう50数年前のこと・・・その図画の絵の時間に、相席の女の子の絵が素晴らしく上手だったのだ。聞けばお父さんが画家だとか・・・その子の絵には学校の絵の先生も感嘆し、周りの生徒も見とれていた。その子には すごい すごい上手! と囲いができているが、隣のボクを覗くみんなの反応は・・・ふ~ん! ああな~ なんやそれ? その雰囲気は最悪で、自分の絵を隠して穴に入りたい心境だった事が思い出されるる。(笑) その時の心の傷は今も残り・・・今日まで「絵」と聞くと トラウマ となって拒絶反応が起こるのだから困ったものだ。 まさに不器用で絵心ゼロで感性なし・・・だから薦められ、一時はその気になっていたもののすぐに諦めてしまった。

  隠居生活に入ったものの、もともと無趣味で仕事が趣味の生活だったので、これといってやることが無い・・・このまま家のなかでグータラ生活をするのもな・・・? 濡れ落ち葉を乾かして舞い上がらせるためにも? と。 あの日見た先生の絵の感動を思い出す。 上手い下手よりも、楽しんで描いていた皆さんの笑顔を思いす。 ついに ケセラ セラ~ なるようになるさ! と開き直ってやってみることにした。(笑)

 <教室探しを始める> 

(60才・秋)

  あの山の中での先生はもう帰国していなかった。 改めて絵の教室を探し始めた。パンフレットを取り寄せたり、資料集めをして思い切って教室を見学させてもらったりした。体験教室にも参加したりして、結局8ヶ所巡って見たが、どこもあの時の森の中の絵の感動が沸いてこなかった。 

探す意欲も欠け、諦め状態の時に偶然目にした絵の教室のHP その講師の作品に目を引かれた。ここだ! と 直感。自然の風景が優しく、爽やかな画風に心引かれた。講師は京都市立芸術大学卒業で、教室を主管する傍ら制作をされているようだ。今までになかった感覚なので早速電話し、体験教室に参加させていただくことになった。 (2)へ